のギャラリーでは、金子國義の油絵、鉛筆画、挿絵等の代表作を時代別、テーマ別に観賞して戴くことができる。

金子國義の絵画世界に共通して見られる、大胆な構図、洗練された色彩、濃厚で上質なエロチスム。

それらは、この画家の生まれ持った資質と、幼少年期の類稀なる生活環境の奇跡的結合から生まれたものである。

この時期に身につけた、いや、原体験として刷り込まれた伝統的日本文化の正当な美的感性なくして、のちの画家・金子國義はありえなかったといえる。

それは学生時代に歌舞伎の舞台美術を学ぶことにより、一層磨きがかかることになるが、一方青年期の彼は、舞台、映画、雑誌などを通して西欧のハイセンスも貧欲に吸収していた。

これら二つの文化の上質な部分は彼の内部で見事に融合し熟成されていくことになるが、それが油絵として開花する切掛は、引越した部屋の先の住人が残していった数枚のカンバスを見つけたという実に偶然の出来事であった。

この時期の代表的作品は

「花咲く乙女たち」

「千鳥たち」

のシリーズに見ることができる。

こうして誕生した画家・金子國義はその後何度かの転機を向かえる。

その主な要因の一つは、挿絵依頼を契機とした文学作品との出逢いである。

具体的には、澁澤龍彦から依頼された

「O嬢の物語」('66)

イタリア・オリベッティ社からの

「不思議の国のアリス」('74)

生田耕作からの

マダム・エドワルダ眼球譚」('76)

であり、それらを咀嚼し融合させることで金子國義の世界を築いていった。

年代後半から'80年代前半にかけての仕事は重要な意味を持つ。

この時期に制作された

「お遊戯」「青年の時代」

の一連の作品群は、一見、異なった世界を描いているように受け取られがちだが、そこに現れる様々な隠喩を注意深く読み解けば、それらに通在するテーマは明らかであり、バタイユ体験の後の金子にとっては必然のことであって、数年間をかけて金子独自の手法で行われた“聖なる世界”の絵画的具現化作業といえる。

これは現在にまで通ずるテーマでもあるが、近作

「聖者たち」

を見れば、先の作業が、より洗練された形で、しかも一枚のタブローの中で巧妙に行われていることがわかる。

'97年、バタイユ生誕百年のこの年に、金子はパリにおいて新たなるバタイユ体験をし、それは新たな

マダム・エドワルダ

の鉛筆画シリーズとして結実しつつある。('98年、奢覇都館より挿絵絵本として刊行)

このより激しく、より高い位置にまで昇華された聖なる世界から生み出されるであろうタブローが金子國義の次なる時代を形成していくことは間違いない。

そこにどのような世界が繰り広げられていくのか。今後の金子國義の展開に期待して欲しい。