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花咲く乙女たちT 油彩・キャンバス 910×1168mm 1965
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流行の波の上でサーフィンをやりながら、“造形”だの“空間”だのと口走っている当世風の画家諸君には、私は何の興味も関心もない。ネオンやアクリルは、商業資本の丁稚小僧にまかせておけばよろしい。高貴なる種族の関知するところではなかろう。
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私が興味をいだくのは、おのれの城に閉じこもり、小さな壁の孔から、自分だけの光り輝やく現実を眺めている、徹底的に反時代的な画家だけである。
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金子國義氏が眺めているのは、遠い記憶のなかにじっと静止したまま浮かんでいる、幼年時代の失われた王国である。あのプルーストやカフカが追いかけた幻影と同じ、エディプス的な禁断の快感原則の幻影が、彼の稚拙(幸いなるかな!)タブロオに定着されている。正面に視線を固定させたまま、生への期待と怖れから、身体を固く硬ばらせている少年と少女は、ふしぎなシンメトリックな風景のなかで、つねに子宮を夢見ているナルシストの、親近相姦的共生の最も素朴なイメージである。
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前衛亡者の騒々しいスキャンダリズムに不感症になった人は、この歴史とともに古い、俗悪なほど純粋な、痴呆的なほど甘美な、“花咲く乙女たち”の桃色のスキャンダリズムに腹を立てるがよい。
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