天体望遠鏡 油彩・キャンバス 910×1167mm 1975
天体望遠鏡 油彩・キャンバス 910×1167mm 1975
義ゑがく、絵画空間のユニークな美と魅惑は、その現代離れした”贅沢”さから来ているように思われる。自分の部屋を好みの絵で飾るために絵を描きだしたという画家の出発点自体が、もっぱら美術賞目当ての一旗組か、モダーン・アーティストという名の作品製造機械たちによって踏みにじられている功利一点張りの殺風景な今日の画壇状況のなかでは、すこぶる時代離れした贅沢に映らざるをえない。
金子國義は今や押しも押されぬ日本の第一線有名画家のひとりとして認められるまでに至っている。しかし、他の画家たちと異なるところは、その名声がむしろ展覧会場の外で、”美術賞”とは関係ないところで、誤解されやすい言葉をあえて使えば、澁澤龍彦をはじめとする現代日本の数少ない贅沢人士のサロンでまず認められ、次第に広範囲へ浸透していったということであろう。
股のぞき 油彩・キャンバス 606×727mm 1975
股のぞき 油彩・キャンバス 606×727mm 1975
展覧会という発表形式がこんにちのように幅をきかす以前には、絵画が贅沢な調度の一つと見做されていた時期が長くつづいた。
つい昨日、あの懐かしいアール・デコ時代まで、額縁は部屋という私たちのいちばん貴重な居住空間を飾り立てることがその主目的であり、それ自体独立した存在であると同時に、室内のもろもろの調度品との関連においてはじめて完結する依存的存在でもあり、椅子や、食卓や、戸棚や、照明器具や、壁紙などとの調和を無視しては生産しえないものであった。そしてそれはすでに確立された一つの文明様式であり、さらに部屋の主と画家との感性的つながりという共通基準の上に成り立つものであった。
画家にとって必要とされるのは、絵画のテクニックだけではなく、彼の作品が壁面に飾られている趣味豊かな客間の招待客のひとりとして招かれても異分子ではないだけの生活様式の自らも持ち主でなければならなかった。